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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2937号 判決 1977年3月31日

控訴人

株式会社三益ハウジング

右代表者

石井要

右訴訟代理人

降旗巻雄

被控訴人

有限会社王禅寺不動産

右代表者

浅野広三

被控訴人

浅野広三

右両名訴訟代理人

桑田勝利

被控訴人

小口好弘

主文

原判決中、控訴人と被控訴人有限会社王禅寺不動産、同浅野広三に関する部分を取消す。

被控訴人有限会社王禅寺不動産及び同浅野広三は、控訴人に対し各自、金三〇〇万円及びこれに対する昭和四九年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人小口好弘に対する控訴を棄却する。

控訴人と被控訴人有限会社王禅寺不動産、同浅野広三との間に生じた訴訟費用は、第一、二審とも右被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人小口好弘間の控訴費用は、控訴人の負担とする。

本判決は、控訴人勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因(一)の事実は、控訴人と被控訴人小口との間では<証拠>によつてこれを認めることができ、控訴人とその余の被控訴人らとの間では当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、本件土地は、多摩区生田字無人六五三一番の一、六五四一番の内の一部、六四二番の二二の三筆の土地として売買の目的となつたものであることが認められる。

次に<証拠>によれば、右売買契約締結当時被控訴人有限会社は宅地建物取引業法(以下宅建業法という)の規定する宅地建物取引業を営むことの免許を得ていた宅建業者であり、また本件土地は地目は山林ならびに雑種地であるが、被控訴人有限会社がその取扱物件として店頭に表示した物件で、且つ建売住宅の販売を業とする控訴人が建売住宅用敷地として買受けた土地であつて、宅建業法二条にいわゆる宅地であることが認められる。

二<証拠>によれば、次の事実が認められる。

かねて控訴人から建売住宅用敷地取得の仲介依頼をうけていた宮国弘栄は、被控訴人有限会社が扱つている本件土地のあることを知り、控訴人代表者と共に昭和四八年二月一〇日現地を見分したうえ被控訴人有限会社の事務所においてその代表取締役である被控訴人浅野と売買の交渉に入つたところ、そこで初めて同人から本件土地は一筆の土地のような外観を呈しているが実は前記のように三筆の土地に分れていることを聞かされ、右宮国においては、それまでは六五三一番地の一の一筆だけど思つていたので、その登記簿謄本だけしか調べていなかつたが、三筆共に所有者はその場に立会つて居る被控訴人小口所有のものであると聞かされたこと、当日は土曜日でもはや登記簿を閲覧することができず、さりとて翌週に持越すとすでに客がついていて他に売れる旨被控訴人浅野が契約締結を促すので、に控訴人は右口頭による説明をうけただけで、これを信用して、即日売買契約を締結することになつたのであるが、その段階になつて被控訴人浅野から所有者は被控訴人小口だが、控訴人との間の売買契約は、被控訴人有限会社が売主として契約したい旨要求し、控訴人においてこれを了承し、そこで本件の被控訴人有限会社と控訴人間の土地売買契約が成立した。このように被控訴人有限会社が、売買の仲介でなく、自ら物件を取得してこれを控訴人に売る旨の契約を締結することにしたは、右被控訴人がそれによつてより一層の利益をあげるためであつて、専ら右被控訴人側の営業政策に由来するものであつた。かくしてその場で売買契約が作成されることとなつたのであるが、その作業がほぼ終る段階になつて被控訴人浅野が本件土地の登記簿上の所有名義人は東興産商になつている旨説明したので、同契約書に二七字加入して同会社の所在地と商号を挿入して契約書の作成を終り、そこで控訴人は手付金一五〇万円を被控訴人有限会社代表者兼本人に交付した。以上の契約成立に至るまでのすべてを通じて、被控訴人有限会社においては、宅建業法のの規定する取引主任者による重要事項の説明は一切なく、すべてその資格のない被控訴人浅野が業者仲間で「廻り間」とよばれる簡単な図面に基づいた前示の程度の説明をしたにとどまり、いわゆる物件説明書についても後日これを交付するとのべて、控訴人や前記宮国を信用させておきながら、遂にその提出はなされなかつた。他方右契約成立後念のため本件土地のうち未調査の分を調査すると、六五四二番の二二の土地は川崎市所有に属する市道部分であること、六五四一番の一の土地は訴外岡沢まきの所有に属しながら根抵当権が設定され且つその前所有者を仮処分債務者とする処分禁止の仮処分がなされていることが判明した。そこで右宮国は驚いて被控訴人有限会社に連絡すると、被控訴人浅野は、市道部分は山田測量士に依頼して川崎市に払下申請手続中で間もなく認可になる予定であり、訴外岡沢まき所有部分について同訴外人と話をつけるので、すべて大丈夫だから売買契約を履行して中間金を払つてもらいたいというのみであつた。しかしこのような返答で一層疑惑を抱いた控訴人と右宮国が更に調査をすすめると、山田測量士は、被控訴人有限会社から右市道部分の払下手続の依頼をうけておらず、且つ同測量士の意見では市有地の払下には相当の日数を要し現在これを売買の対象とすることは不適当であるとの回答であり、訴外岡沢まきも所有地の一部を被控訴人有限会社に売却する意思を有しておらず、抵当権や仮処分についても簡単にその登記を抹消できるものではなく、金融上のいざこざをうかがわせるものがあつたので、これらの調査結果に基づいて更に被控訴人有限会社代表者兼本人に対し、これらの事態をどのように解決するつもりか問いただしたが、右被控訴人は、市道部分は本件土地の端の方に移動すれば認可申請が容易であるとか、市道部分だけ除外して売買しようとか、更には六五三一番地の一だけの売買に契約を変更しようとか、控訴人から見れば場当りの返答や申出をするので、控訴人は、六五三一番地の一の所有名義人たる東興産商について調査すると同会社は、代表者の愛人のアパートの一室に看板を掲げただけの実体不明の会社であつて、このようなものの関係する取引には危惧があるし、また土地のうち直ちに解決できない部分を売買の目的から外すとしてもその一部なるものの範囲境界が現地では全く不分明であるので、被控訴人有限会社に対し、現地か同被控訴人の事務所に、東興産商の責任者とか岡沢まきら関係者一同に集つてもらつてそのうえですべての事実関係を明確にして納得のゆくようにしてもらいたい旨を申入れたが、右被控訴人の代表者兼本人はこれを拒否し、遂に右申入れにかかる解決案は実現をみるに至らずして終つた。

三昭和四九年三月二二日控訴人が被控訴人有限会社に対し、債務不履行を理由に、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは、控訴人と被控訴人有限会社間では争いがなく、控訴人と被控訴人浅野間では<証拠>によつてこれを認めることができる。

そこで前認定の事実に基づいて、右解除の効果発生の有無について検討すると、昭和四八年三月八日控訴人と被控訴人浅野同小口および岡沢まき東興産商の責任者等の利害関係人が現地に集合する旨の約定が被控訴人有限会社と控訴人間に成立したのに同被控訴人がこれに違反した事実はこれを認めることはできないが被控訴人有限会社は、宅建業法にいわゆる宅地を売買するにあたつては、同法三五条により契約成立前に相手方たる控訴人に対し、資格ある取引主任者をして目的物件の登記名義人、物件上の負担となる登記された権利の種類内容を書面に記載してこれを交付し、ありのままの事実に基づいた説明をなすべきであるのに拘わらず、これをしなかつたばかりか、無資格の被控訴人浅野の口頭による説明は、契約成立の前後を通じて、全般的に極めて不完全であり、部分的には虚偽も交えられていたのであつて、これは明らかに宅建業法に違反するものである。しかしこのように取締法規に違反するからといつて、直ちに私法上の契約の効力に消長を来たすものではないが、宅建業法が業者に右のような重要事項の説明義務を課しているのは、宅建業者の関与する宅地建物の取引では、取引の相手方、依頼者等の関係人が安心して取引行為ができるように、法律政策上とくに配慮したのであつて、このことは宅建業法全体の趣旨からしても、同法三一条の規定からみても明白である。実際に本件においても<証拠>によれば、控訴人は取引の相手方である被控訴人有限会社が地元の宅建業者であるが故にその代表者である被控訴人浅野の言を信じて本件土地を買受ける契約をしたのであり、しかもその後に判明した事実がもし契約前に判明していれば本件土地を買受けることはしなかつたであろうことが認められる。したがつて本件のように宅建業者が取引の当事者である場合に、重要事項の説明義務は、本件土地売買に附随する売主として当然の義務であつてその義務をつくすべき時期も本来契約成立前でなければならないが、右義務履行と本件中間金支払義務履行との関係におけるその履行時期の先後について考えるに、本件では、前記認定のように契約成立前には右附随義務は殆ど尽されておらず、契約成立後になつて買主たる控訴人側においていわばその追完補充を求めたのに対しても、被控訴人有限会社から信義を旨とした誠実な説明や具体的に適切な解決の方策が講ぜられたとは認められないから、控訴人において売主が果たしてその責任をつくして円満に契約を履行するかどうかについて危惧の念をもつことは無理からぬところで、買主側の立場として、契約締結前に重要事項が誠実に説明されないため自ら納得できるまで買受の決断を固めることができないのはむしろ当然であり、かつ、それらに関する当初の説明が極めて不十分不正確であることが契約締結後に判明し、しかもそのことが契約の成否を決するについての重要性をもつていると考えられるから、右重要事項が解明されるまで、自己の側の契約上の義務の履行を一時手控えることは、公平の観念上許容さるべきことである。したがつて、本件の場合売主たる被控訴人有限会社は、控訴人の中間金支払よりも先行するか若しくは少くともこれと同時に右の附随義務を尽くすべき義務がある。かつまたこの義務は不動産売買契約における売主の本来の不動産引渡ないしは登記簿上の所有名義の移転義務に比すれば附随的な義務たるに止まるけれどもその義務が履行されるか否かが本件契約を締結するか否かを決する上において重要な事柄であることを否定できない以上なお不動産売買契約上の売主の債務たるの性質を有するものというべきである。そしてこの義務の履行と中間金支払の義務が同時履行の関係にあつたとしても前段認定の被控訴人有限会社の右附随義務履行に対する態度からすれば到底同被控訴人が中間金支払の履行と同時にこれを行うであろうとは予期できなかつたから控訴人はその反対給付である中間金の提供をしなくても被控訴人有限会社の附随義務違反を理由として本件売買契約の解除をなし得るものと解すべきところ、控訴人は、前示のとおり被控訴人有限会社に対し前記附随義務を怠つたことを理由に売買契約を解除する旨の意思表示をしたのであるから本件売買契約はこれによつて解除されたというべきである。これに対し被控訴人有限会社はこれより以前である昭和四八年三月七日控訴人の中間金不払を理由に本件売買契約を解除したというけれども、同被控訴人は前記のように控訴人の中間金支払義務に先行若しくは少くともこれと同時履行の関係にある右の附随義務を負担しているのであるから右附随義務の履行提供後若しくは少くともその提供と同時でなければ中間金不払を理由として本件売買契約を解除できないところ、同被控訴人は右附随義務の履行提供をしたことについては主張立証しないところであるから同被控訴人の中間金不払を理由にする本件売買契約解除の抗弁はその理由がない。

そこで控訴人の本件売買契約解除による損害賠償について考えるのに、控訴人が本件売買契約成立の頭金一五〇万円の手付金を被控訴人有限会社に支払つたことは被控訴人有限会社と控訴人間には争いがなく、前出中第一号証によれば、本件土地売買契約において、売主の違約によつて契約が解除されたときは、売主は受領済みの手付金の倍額を違約金として即時買主に支払わなければならないことが約定されていることが認められるから、被控訴人有限会社は、控訴人に対し、すでに受領した手付金の倍額三〇〇万円及びこれに対する契約解除の翌日である昭和四九年三月二三日から完済まで商事法定利率の範囲内たる年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、控訴人の被控訴人有限会社に対する主位的請求は理由があり正当である。

四次に、控訴人の被控訴人浅野に対する請求について検討すると、前記認定の事実及び<証拠>によれば、被控訴人浅野は宅建業者である被控訴人有限会社の代表取締役としてこれを主宰しながら、本件取引においては悪意もしくは重大な過失により宅建業法の諸規定に違反し、その任務にそむき取扱物件について自ら不実不正確な説明をなし、且つ明らかに契約上の履行に第三者から完全に所有権を取得してこれを買主に移転することが不可能な物件について、たまたま用地をさがしていた控訴人に勧めて売買契約を締結させ、手付金を交付させ、結局前示のとおり同契約は売主の違約により解除される結果を来たさせ、もつて売主たる被控訴人有限会社に違約金支払債務を負担させるに至つたのであるが、同会社において同債務を履行するに足る十分な資力を備えていることを期し難く、結局被控訴人浅野は、控訴人に対し右同額の損害を豪らせたことになると認められるから、有限会社法三〇条の三により右違約金及びこれに対する前示遅延損害金と同額の金員を控訴人に支払うべき責任がある。

よつて、控訴人の被控訴人浅野に対する請求は、理由があり正当である。

五おわりに、控訴人は被控訴人小口に対し、不法行為による損害賠償請求として金三〇〇万円ないし一五〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるところ、その不法行為であるとして主張する右被控訴人の不作為の前提となる作為義務につき、これを法令や公序良俗など人が一般に遵守すべき義務であるとは認め難く、前認定のとおり右被控訴人は、売買契約成立時に本件土地の実質上の所有者であるとして第三者として立会い、手付金授受の場にも居たというだけであつて、本件すべての証拠に徴しても、同被控訴人が控訴人に対しする関係でその権利を侵害するか違法行為をしたと認めることはできない。

よつて、控訴人の被控訴人小口に対する請求はすべて理由がなく失当である。

六よつて、控訴人の被控訴人小口に対する請求を棄却した原判決は相当であり、同被控訴人に対する本件控訴は理由がなく棄却すべきであるが、被控訴人有限会社に対する主位的請求はこれを認容すべきであり、また被控訴人浅野に対する請求もこれを認容すべきところ、原判決はこれを棄却しているので、原判決中この部分を取消してこれを認容するものとし、本件控訴はこの範囲で理由がある。訴訟費用については、控訴人と被控訴人有限会社、同浅野との関係では第一、二審とも敗訴当事者たる右被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人小口との関係ではその間に生じた控訴費用を控訴人の負担とし、仮執行の宣言につき民訴法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 館忠彦 安井章)

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